んよ。兄さんにたずねてごらん、兄さんは物識りだから」
「日本語なんか僕知らないや、百がサル[#「サル」に傍点]で日《にち》がスベ[#「スベ」に傍点]で、紅《こう》がリ[#「リ」に傍点]だろ。英語では百日ってハンドレッド・デイっていうよ」
「ハンドレッド・デイズだよ。複数だから」
「矢っ張りお父さんは偉いなあ。昨日の新聞にお父さんの写真がのってたね。内藤さんの写真と一しょに。内藤さんも随分えらいんだね」
村木博士はいつものように、十四と十二になる長男と長女とを相手に、登校前の遊び友達になって過していた。博士は春から夏にかけては、毎朝五時に起きて、水曜日に一度大学の生理学教室へ講義に出かける以外、ふだんの日は八時から午後五時まで、自宅の邸内に設けてある実験室で過すことになっていた。ただ八月だけは、鎌倉の別邸で暮すことになっていたが、そこにも一部屋を実験室にあててあった。房子と知りあいになった場所は、この鎌倉の別邸だった。で、朝の三時間は博士は完全に家庭の父であり、昼間の九時間は、完全に研究のためにあてられていた。この日課は、正確な時計のように一度も狂ったことがなかった。ことに一ヶ月程前に
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