白に知ることができる。即ち或る芸術作品のうちに表現されてゐる気分の高さ[#「気分の高さ」に傍点]或は感情の高さ[#「感情の高さ」に傍点]こそ芸術的価値の大いさなのである。
この芸術的価値が、社会的に決定されるものであるに拘らず直接には政治的価値と無関係であることは、プレハノフの同じ書物からの次の引用によりて明かである。
「初期レアリスト達の、保守的な、そして部分的には反動的でさへある思想形態は、彼等が彼等を囲繞する環境をよく研究し、芸術的意味に於いて非常に価値のある作品を創作するのを妨げなかつた[#「芸術的意味に於いて非常に価値のある作品を創作するのを妨げなかつた」に傍点]。しかしそれが彼等の視野を甚だしく狭めたことには何等の疑ひがない。」(前掲書五六頁、傍点引用者)
この種の引用はいくらでもあげることができるであらうが、たゞこの論文を煩雑にするだけであるから、たゞ社会的価値以外にその一部分としての芸術特有の価値を認めない愛すべき吾が国の一群のマルキシスト・クリチツクたちに反省の一つの材料を提供するだけにとゞめておかう。そして、正直なマルクス主義批評家林房雄氏が、藤森成吉や前田河広
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