てはゐないのと同じである。
 ところが以上の事柄を検討して来た大宅壮一氏は「これを要するに氏(平林)に従へばマルクス主義文学理論は決して最も正しい文学理論でないばかりでなく、厳密には一種の文学理論でさへあり得ない」といふ結論をひき出される。この途方もない誤解もしくは曲解のしかけ[#「しかけ」に傍点]はどこにあるかは誰にだつて明白である。といふのは氏は部分と全体とを混同してゐるのだ。私はマルクス主義者が、文学の歴史を書きかへたあの光輝ある事実、史的唯物論による文学史の改造を決して低く評価するものではない。或る意味では文学史家としてもテエヌよりもプレハノフの方を偉大とさへするに躊躇しない。たゞ私が問題としたのは、最近に、(日本ではこの三四年来、ロシヤでもせい/″\十二三年来)新しく勃興したマルクス主義文学――意識的プロレタリア文学の作品を如何に評価するかといふ非常に限られた問題だつたのである。そしてこの問題に関連する限りの理論だけしか吟味もしなければ、私自身提出もしなかつた。マルクス主義文学を政治的部分と芸術的部分とにわけたとき、私は芸術的部分のうちへ当然史的唯物論の解釈を入れて考へてゐたのである。それだからこそ、芸術的価値も亦社会的に決定されるとことはつておいたのだ。一日か二日で書いた三十枚のあはたゞしい論文で史的唯物論を「批判」するには、私はあまりに貧小であつたといふよりもあまりに健全であつたといふこと位は、私は大宅氏に認めて貰ひたかつた。
 最後に、私が二つの価値の結合関係を、力による[#「力による」に傍点]、権威による[#「権威による」に傍点]ものであるとしたにかゝはらず、マルクス主義文学即ち私によれば、政治のヘゲモニイのもとにたつ文学を合理化したのは「階級と階級とが、抑圧者と被抑圧者といふ形で対立してゐる社会をそのまゝにしておいて文学をたのしむよりも、一時文学そのものゝ発達には多少の障碍となつても、階級対立を絶滅することを欲するからである」と説明したのに対して、大宅氏は、これは道徳論であり唯心論であり、観念論であると、ありつたけの批難の言葉を並べ、氏自身は、マルクス主義者からとんぼ返りして正義派になつて、マルクス主義文学は最も正しい文学[#「最も正しい文学」に傍点]だから支持されるのだと説かれる。こらはあたかもツガン・バラノウスキーから福田博士に至る、そして今
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