」に傍点]に決定されるものだと信じてゐる」とわざ/\ことはつてゐるのに、それを詳しく説明しなかつたといふ理由で、多くの批判者から手厳しい批判を受けた。
 だが、この批判は、厳密にいへば批判とは言ひがたい。何故なら、私が今更くど/\しく説明する必要はないと思つた事柄を、どんなに詳しく説明したつて、それは私の理論の補足になつても批判にはならぬからだ。たゞ、私の批判者たちが独創的である点は、芸術的価値が社会性をもつこと、社会的に決定される[#「社会的に決定される」に傍点]こと、換言すれば社会的価値[#「社会的価値」に傍点]であることが証明されゝば、芸術的価値は如何なる意味に於いても成立しないと考へ、そのついでに、私がまるで、芸術的価値は社会から絶縁され、孤立されて、天からでも降つて来たやうに存在する価値であると信じ又言つたかの如く曲解[#「曲解」に傍点]し曲言することであつた。
 凡そ社会の現象はすべて何等かの社会的価値をもつ。自然現象でも、社会と連関する限りに於いては社会的価値をもつ。たとへば、水力は、人間が全然これを利用し得なかつた時代には一つの自然力としては存在してゐたに相違ないに拘らず、社会的価値をもつてはゐなかつたが、人間がこれを水車に利用し、これを利用して発電所を設けるやうになると、社会的価値を獲得して来る。その逆に汽船ルシタニア号はそれが人間や貨物を積んで太洋を横断してゐる限りに於ては、即ち社会的存在であつた限りに於ては社会的価値をもつたが、それが海底に沈んでしまつた、その瞬間からそれのもつてゐた一切の社会的価値は消滅して自然物に帰する。
 文学作品も、それが社会的に生産され、且つ、社会的に利用されるものである以上、社会的価値をもつものであることは勿論である。だがそのために文学作品の芸術としての価値即ち芸術価値は何等の独自性をもたぬことになるだらうか?
 疑ひもなく、近世に於ける社会科学の発達は、社会の諸現象を、ばら/\に独立して存在するものでなく、相互依存の関係にあるものとして理解する方法を確立した。私たちは今や社会の諸現象を統一的に説明し、理解することが或る程度までゞきるやうになつたし、今後社会科学の発達は、この見解を益々助長し、完成せしめてゆくであらう。これは自然科学に於いても見られるところの傾向であつて、両者は相まつて、私たちの統一的世界観の確立に貢
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