た今彼女が言った言葉の意味が、彼にははっきりとわかったような気がした。
 二人は互に相手の言葉をおそれた。慰さめることも、責めることも、といただすことも敢《あえ》てし得なかった。ただめいめい自分の胸の中で全てを諒解してだまっていた。

        六

 その朝私立探偵|上野陽太郎《うえのようたろう》は、マドロスパイプをくわえながら、矢来《やらい》の通りの舗石道《しきいしみち》を大股に歩いていた。彼は必要のない時には何も考えないで出来るだけ頭を休めておくということをモットーとしていたので、今もそれを忠実に実行しているらしかった。
 朝の新聞で光子殺害の記事を見て、彼は大急ぎで山吹町の兇行の現場へかけつけ、約二十分ほどの間、現場を精細に観察したり、見張りの警官に二三質問したりしてその場を引き上げ、これから今度の事件の捜査本部になっている×××警察署へ行くところなのだ。現場の視察からは彼は新聞紙に報道されている以外には、何等《なんら》新しい証拠をつかめなかったらしく、ただ古新聞を一葉拾って来ただけだった。
「何かかわったことが見つかりましたかね?」
 上野の名刺をもって出て来た×××署
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