ことを言っているけれど、女なんて心の中じゃみんな仇《かたき》同士だわ」
 日頃からフェミニストをもって任じていた三四郎は、女からこの現実的な訴えをきいて、虐《しいた》げられた女を虐げられた状態のままに享楽しようとしていた自分の矛盾を恥じた。そして非常に感激して、急に真面目になって言った。
「そりゃいい決心だ。まったくこういう所に長くいてはよくない。があとで生活に困りやしないかね?」
「………」
「月にいくらあったらやっていけるもんかなあ?」
「いくらもかからないと思うのよ。間借りでもしてゆけば」と光子はうつむきながら答えた。
「三十円位なら僕でも出せるがなあ。君さえかまわなければ」
「だってそんなことをしていただいちゃすまないわ」
「なあに、君の方さえよければ、僕は是非《ぜひ》そうさして貰いたい位だ」
 こうして光子はカフェをやめることになったのである。大宅は実際月三十円の負担と、一人の女性を奴隷状態から救ったという、人道主義者的の誇りとの交換を後悔してはいなかった。その日から大宅の生活は一層ひきしまって彼はふわふわした女性崇拝主義者から、堅実な青年に一変したのであった。それまでだって
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