関係! といっても、まことに他愛のないものではある。思春期の男子に通有の、一種の女性崇拝とでもいった心的状態が、偶然に崇拝の対象として彼女をとらえたまでだったのだ。一体男子がこういう心的状態にあるときは、崇拝の対象となる女性には殆《ほと》んど資格はいらないと言ってもよい。ただ人なみの容貌とほんのちょっとしたインテリジェンスの閃《ひら》めきとをさえもっておればそれで沢山だ。大宅《おおや》――これから彼の本名で呼ぶことにしよう――大宅|三四郎《さんしろう》は、その頃法科の三年生だった。女は朝吹光子《あさぶきみつこ》といって、その頃|浅草雷門《あさくさかみなりもん》のカフェ大正軒の女給の一人だったのである。
 大宅は十数人の女給の中で、どういうわけか光子を崇拝の対象としてえらんだ。彼女は別に他の女給に比してすぐれた点をもっていたわけではないが、笑うとき両頬に笑《え》くぼができることと、滑らかな関西|訛《なま》りとがことによると大宅の気にいったのかも知れぬ。が実は大宅自身にだって、なぜ特に彼女が気に入ったかという理由はわからなかったのだし、そんなことはわからぬのが当然でもあったのだ。
 はじめのうちは、大宅は、毎週土曜日に必ず、大正軒の一つのテーブル――それも大抵《たいてい》他の客が既に占領していない限り、入口から三番目の右側のテーブルときまっていた――に陣どって、好きでもないウイスキーをちびりちびりなめながら、時々光子の姿を見ることで満足していた。二人がはじめて口をきいたのは、それから約三カ月もたってからだった。それはほんのちょっとした挨拶に過ぎなかったのだが、大宅は有頂天になって、その日の日記のしまいに、今思い出すと冷汗《ひやあせ》の出るような甘ったるい詩を書いたことを今でもおぼえていた。
 それから、しばらくたつと冗戯《じょうだん》口の一つもきけるようになり、とうとう公休日に一度二人で日帰りで江《え》の島《しま》まで遊びに行ったこともあった。とはいえその時だって、彼は、汽車に同席したというだけで手先や膝がふれあうのさえ、不必要に用心して彼の方でさけていた位だった。
 外部にあらわれた二人の関係はこんなに淡いものであったが、心の中はそうではなかった。三四郎には光子のあらゆる部分、あらゆる動作が美しく、高貴に、なみなみならぬもののようにさえ見えた。ある時の如《ごと》きは
前へ 次へ
全19ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング