へ行きましたから、貴方《あなた》の部下の刑事たちに様子を見せにやりました。大成功ですよ。もう三十分のうちに犯人は逮捕されます」
「いや、もう既に逮捕されてしまっているのです、ほら帰って来ました」
 一台の自動車が×××署の構内へ徐行してはいって来た。中からは私服刑事が四五人もぞろぞろ出て来た。一番あとから、真蒼な顔をしておりて来たのは大宅三四郎であった。
 大宅はすぐに一先ず留置所へ入れられた。「よく逃げようともしないでまごまごしていたね」と佐々木警部は一同を見まわしながら上機嫌で言った。
「ちょうど役所へ出るところだって言ってました」と一人の私服が汗を拭き拭きまるで自分の手柄のように言った。
「れこ[#「れこ」に傍点]に泣かれたのは弱ったなあ」と第二の私服が小指を出しながら、第三の私服に向って内密《ないしょ》で言った。「かわいそうに、ことによるとあの女も一生|後家《ごけ》さんで暮さにゃならんぜ」
「あの男には細君があるのかね?」と二人の会話を耳さとくききつけた上野探偵は、突然第二の私服にたずねた。
「細君かどうかは知りませんが、きれいなのがいました。別れるときに泣いて困りました」
「ふん」と言いながら上野は手帳の紙を一枚引きさいて、鉛筆を出して何か書きつけていたが、やがて、給仕をよんで、「君すまないが電報を一つうって来てくれ給え。至急報でね」と言いながら件《くだん》の紙片を渡した。それから佐々木警部に向って、「今の男の住所をちょっとこの子供に教えてあげて下さい、たしか田端《たばた》でしたね」と言った。佐々木はその通りにした。
 上野探偵が給仕に渡した紙片には「オオヤクンハムザイ、キヨウジユウニホウメンサルアンシンセヨ」と書いてあった。
「さて」と上野探偵は佐々木警部に向って言った。「もう僕の出る幕はすんだからお暇《いとま》しますかな。しかしちょっと申し上げておきたいことがありますから、どうか別室でお話ししたいと思いますが」
 二人はつれだって中へはいった。
「ほかでもないが」と上野探偵は座につくが早いか言った。「大宅君はなるべく早く家へ帰してあげて下さい。若い細君が心配しとるようですから、どんな間違いが起らんとも限りませんからな」
 佐々木は当惑そうに答えた。
「そりゃ嫌疑が晴れれば帰しますが、今のところではあの男が……」
「いや嫌疑はすぐ晴れますよ。今にほんとの
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