がり》にすれば少なくも三円の室代《へやだい》を切りつめることができると彼はしじゅう、万一の場合の覚悟をきめていた。しかも此の自信を彼は現在の生活によって着々と実証していた。四年の間に積み立てられた貯金は、既に二百七十円なにがしという額に達していた。そして、この貯金は、毎月少なくとも十円位の割合で増加していたのである。
 この小さな財産の上に、今村の一切の希望は築きあげられていた。郊外のどこかに、六畳一室に三畳くらいの小ざっぱりした家を建てよう、月に一度位は女房とやがてできるであろう子供とをつれて洋食の一皿も食べに出かけよう、年に一度くらいは芝居も見物したい――安月給取の頭の中を毎日のように往来するこうした小さな慾望が、今村には現実の慾望とはならずに、遠い未来の希望として、描かれたり消されたりしていたのである。ことに家を建てるという考えは、幾度び彼の頭の中で咀嚼《そしゃく》され、反芻《はんすう》されたことであろう。彼の脳裡《のうり》には、もう空想の自宅が、完全に設計され、建造され、建具や家具や装飾をそなえつけられて、主人を迎え入れていたのである。此の自宅は、自分の所有なのだ。家賃を払う必
前へ 次へ
全39ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング