ズボン》との衣嚢をのこらず裏返して紙屑一つあまさず所持品という所持品を悉く没収された。飼主に追われて小舎の中へ入る豚のような恰好と心理とをもって、彼は自動車に乗せられた。
その途たんに、彼は一瞬間自意識にかえった。名状しがたい絶望感が、風のように彼の全身を通り過ぎた。彼の唇は彼の意志とは独立に歪《ゆが》み、頬のあたりの筋肉は剛直した。
「もう駄目だ!」
卑怯な家畜のような声が思わず彼の歯間を洩《も》れて出た。三人の刑事は一斉にじろりと彼の方を見た。
五、恐怖
四人の人間の塊りをのせた自動車は、石ころでも乗せたように無感覚な相貌をして、雪の中を疾走していった。一行が警視庁へ着いた時は、もう時計は二時をよほど廻っていた。
彼はもう一度厳重な身体検査を受け、外套と帽子と上衣とは参考品として没収され、一言も言わずに、まるでメリケン粉の袋か何かのように荒々しく留置所へ入れられた。
今村は何よりも空腹と寒さとを感じた。そして、こんな場合に、こんなところで空腹を感じる自分の動物的本能に嫌悪を感じた。しばらくすると係りの警官が毛布を二三枚もって来た。外には二名の警官が立ち番をし
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