人あるいは二十人三十人、白衣道者の往来するのに逢わないことはない。桑原から沢渡へ越す所で一回王滝川を渡る。橋は一方少し坂になっている処から橡《とち》、欅《けやき》、※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》などの巨樹の繁茂している急峻な山の中腹に向って架《か》けられてあるのだ。橋の下は水流は静かであるが、如何《いか》にも深そうだ。この橋を渡ると深林の中の径《みち》となる。小暗く立ち繁った巨樹の根が道を横切っていて躓《つまず》きがちである。林を出抜けると草原、崩越を越えて山に沿い暫《しばら》く王滝川を遠く脚下に見て行く。山また山が重って、その間を川は眠ったようにうねっている。何だか遠い世の姿でも見るような気がする。山を下りてまた一回王滝川を渡って王滝の村となる。御嶽の第一合目である。
 王滝から田の原(六合目)まで登る間は、一合目ごとに小屋が出来ていて宿泊も出来る。松林が尽き、雑木林が次第になくなって、※[#「木+無」、第3水準1−86−12]《ぶな》類の旧い苔蒸した林となる。雨雲が覆い被さって来て、三合目あたりから遂に雨となった。林の中はただ狭霧と雨とのみ、雨中を鳥の声がする、
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