の臭ひとが、家々の戸口からもれて、路上に漂つてゐた。
 村を出拔けると、霧の間から白樺の林の樹幹《みき》だけが、ぼんやりと兩側に見えて來た。しとしと草を踏んで行く自分の草鞋の足音だけが耳に入つた。不圖立ち停ると、急に周圍がしんとして來る。霧が一層濃く覆ひ被さつて來るやうな氣がする。其中で、霧が林の木の枝に引きかゝり、白樺の簇葉《むらは》にからまつて、やがて重い露となつて、ぼた/\草の上へ落ちるのが聞える。
 又ぱた/\と歩き出す。と、向うの方から農夫らしい風をした男が二人ばかり、ぼんやり霧の中へ浮ぶやうに姿を見せるかと思ふと、擦れ違つて、直ぐまた後の方へ消えてしまふ。
 何のために、何處へ歩いて行くのであらう?
 何を目當に旅へ出たのだらう? 何處へ行つたらば、其目的のものが得られるのだらう? 何故旅を思ふときに自分の胸は躍るのだらう? この樣な考えが不圖胸の中へ浮んで來る。
「寂しさの果て」を求めて旅へ行く、さういふ旅でもないらしい。旅へ出なければ消されない程の寂しさを常々感じてゐるわけでもない。目先の違つた景色を求めて歩く、それ程に自然を無變化な、靜的なものだとも考へても居ない。美
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