間程も後であつた。
 ほつと息をついて振返つて見ると、波は狂はしき姿をして一層鋭く崖下に打寄せてゐる。
 砂浜の遠い先きの方に、漁師の小舎が幾つも見えて、煙が上つてゐる。頭はぼんやりして、足が一層痛くなる。二人はもう語る元気もなく、深い砂の中を辿つて行つた。
 砂地が尽きると笹藪が茂つてゐた。その下に道らしい跡がついてゐる。カサツ、カサツと物音がしてゐるので立ち留まつて聞いてゐると、中から熊笹の伐つたのを手に持つて老爺が一人出て来た。
「伊良湖の村へは此道を行けば好いかね」
「あつそれで好いだ」
「泊るやうな家はあるかね」
「さうさなあ、宿屋もあるだが、お前様たちならなんずら、藤原様へ頼んだら泊めてくれずい」
「そりやどういふ家だね」
「もとの村長様の家で、なんでも息子さんが東京へとか行つてゐるだ」
「泊めて呉れるかな」「頼んで御覧《ごらう》じ、どれ俺《わし》も一緒に帰つて行かずか、其処まで一緒に行つて上げずよ」
 老爺は伐つた竹を束にして背負つた。私は立つて周囲を見廻してゐたが、不図気がつく足許に赤紫の五弁の花が咲いてゐる。
「老爺《おやぢ》さんこりやなんて花だい」と、一本摘んで訊い
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