直ぐそばの豊南《となみ》まで行くだ」
「田原まで何里ぐらゐあるの」
「まあ二里ぐれえなもんだ、なに雑作無えさ」
「赤羽根まで行けないかね」
「どうして、まだ五里もある」、と最一人《もひとり》の男が言つた。
「田原にや宿屋があるかね」
「あるとも、県道端の立派な町だ、何軒でもある」
 そこで、田原まで歩くことにした。
 同じ様な樫の樹の村、椿の村、麦畑の間と草原とを通つて行くと、後の方から、ほうい、ほういと掛声しながら馬を飛ばせて二三人づつ追ひ抜けて行つた。
 樫や椿の常緑の森は到る処にこんもりと茂つてゐた。その間をつなぎ合せる枯草の野は風に吹きまくられて乾いた土と共に草の葉が飛ぶ。坂路を登つて丘の上に出ると、不意に眼の下へぱつと海が展開した。深碧の波は処々白く破れて、暮近き冷たさが広いその水の面にも漂つてゐた。空と水とを劃する力強く引いた一線、目醒むるやうな心持になつて、私達はその線上に眼を走らせた。今朝見た薄白い雲はもう消えてしまつて、水と接する空は、薄黄色に光つてゐた。柔かなその光は見てゐる者の心をも溶かしてしまふ。
 連立つて来た若者の一群はもう先きへ行つてしまつた。私達もまた海
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