》遣切れ[#「遣切れ」は底本では「遺切れ」]やしないわ。寧《いツそ》もう家を飛出して了はうかも思ふこともあるけれども……」と謂ツて歎息してゐた。然うかと思ふと、ノンキに根津の替りを見て來た狂言の筋を話したり役者の噂をしたりして獨ではしやい[#「はしやい」に傍点]でゐることもあツた。然う此うするうちに綾さんに婿を取るといふ話が持上ツた。婿は綾さんの出てゐる工場の職工で、先方から[#「から」は底本では「がら」]望むで貧乏な家に入らうといふのであツた。無論綾さんの容貌《きりやう》を命にして來る婿だ。綾さんも滿更でもなかツたらしい。で、其の話の進行中に由三は一家を提《ひツさ》げて下谷の七軒町に引越《ひツこ》した。そして綾さんの家との交通は、ふツつり絶えて了ツた。
其から四五年も經ツて、由三は一度本郷通で綾さんに遇ツたことがある。十月も半ばであツたが、綾さんは洗ひざれた竪縞の單衣でトボ/\と町の片側を歩いてゐた。何處か氣脱のした體で由三が眼前《めのまえ》に突ツ立ツても氣が付かなかツた。で聲を掛けると、ソワ/\しな不安な眼光《まなざし》で、只見で置いて、辛面《やツと》にツこり[#「にツこり」に傍
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