ツ括めて了ふかと思はれて、耐《たま》らなく家にゐるのが嫌になツて來た。淋しいといふよりは、空乏の感じが針のやうに神經をつゝく。それでも思切ツて家を飛出す踏切もなかツた。
「もう何うすることも出來なくなツて了ツたんぢやないか。」
圧されてゐるやうな心地だ。ドン底に落ちてゐるといふ悲哀が襲ふ。
濕氣のある庭には、秋の日光が零《こぼ》れて、しツとり[#「しツとり」に傍点]と閃いてゐた。其處には青い草が短く伸びて、肥料も遣らずに放《ほ》ツたらかしてある薔薇と宮城野萩の鉢|植《うえ》とが七八《ななやつ》並んで、薔薇には、小さい花が二三輪淋しく咲いてゐた。隅の方には、葉の細い柿の樹が一本、くの字|形《なり》にひよろりとしてゐる。實《な》らぬ柿の樹だ。其の下に地を掘ツた向ふの家の芥溜が垣根越しに見える。少し離れて臺所も見える。其れも長屋で、褓襁《おしめ》の干してあるのも見えれば、厠も見えて、此方《こツち》では向ふの家の暴露された裏を見せつけられてゐるのであツた。向ふの側にも柿の樹があツて、其には先ツぽの黄色になつた柿が枝もたわゝに實《な》ツてゐた。柿の葉は微《かすか》に戰《そよ》いで、チラ/\と日光《ひかげ》が動く。
由三は何時かウト/\してゐた。ホガラ/\した秋の暖さが體に通ツて、何んだか生温《なまぬる》い湯にでも入ツてゐるやうな心地《こゝち》……、幻《うつゝ》から幻へと幻がはてしなく續いて、種々《さま/\》な影が眼前を過ぎる、……只《と》見《み》ると、自分は、ニコライ堂のやうな高い/\塔《たふ》の屋根に登ツて躍《をど》ツたり跳たりしてゐる。其の下に幾百千とも知れぬ顔がウヨ/\して其の狂態を見物してゐる。何《いづ》れも冷笑の顔だ。其に激昂して、いよ/\躍り狂ふ……、かと思ふと、足を踏滑らして眞ツ逆さま!……、落ちたかと思ふと落ちもしない。翼が生えたやうに宙にフワ/\して、何か知ら金色《こんじき》の光がキラ/\と眼の先に煌《きらめ》く。と、其が鋭利な刄《は》物になツて眼の中に突ツ込むで來る。其處で幻が覺めかゝツて、強く腕の痺《しびれ》を感じた。腕を枕にしてゐるからだと氣が付いたが、それでゐて寢返りを打つことも爲《し》なかった。痺れるだけ痺れさせて置く氣だ。指先から肘にかけて感覺も何もなくなった頃に、由三は辛而《やツと》眼を啓けた。
痺れきツた腕を摩りながら、徐《やを》ら起|
前へ
次へ
全16ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング