ネく物靜な、しんめりとした景色の中に、流の音が、ちよろ/\と響いてゐて、數の知れぬ螢が飛んでゐるところは實に幽邃《ゆうえん》であつた。それに何んの芬《かをり》だか解りませぬが、好い芬が其處ら一杯に芬《かを》つているので、自分は螢谷には、魔の者が棲むでゐるのでは無く、仙人が棲むでゐるのでは無いかと思つてゐた。
私は、薄氣味の惡いのも、怖《こわ》いのも忘れて、美しい景色に心を引付けられて、
「奇麗な處だ!」と感歎しながら茫然していると、
「ぢや家へ歸らなくツても可《い》いか。」
自分は急に悲しくなツて、「僕、家へ歸りたくツて爲樣《しやう》が無いんです。」
「でも、私が、お前が螢を挿《つかま》へるやうにお前を捕《つかま》へて了《しま》ツたら何《ど》うする。」
「え、私を捕へるんですツて?」と自分は泣聲になツた。
老人は突出して「捕へられるのは嫌か。ぢや螢を放して了ひなさい。」
自分は命令《いひつけ》通、直に螢を放して遣《や》ツた。老人は悦《よろこ》んで、「それで可《い》い、それで可い。では、私が、お前の家まで送ツて行ツて進《あ》げやう。だが、お前は、大分疲れてゐるやうだ。私が背負《お
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