で梟《ふくろ》が啼出した。自分はぞつと[#「ぞつと」に傍点]しながら、
「此處は何んといふ處なんでせう。」
「此處かえ。」と老人は、洒嗄《しやが》れた、重くるしい聲で、「此處《ここ》はの、螢が多いから、螢谷といふ處だ。」
「えつ、螢谷ですつて?」
 螢谷と聞《き》いて、自分は顫上つた。そして逃支度《にげじたく》をしながら、
「さ、大變だ!大變だ※[#感嘆符二つ、1−8−75]と泣聲になつて、騒立てる。
 螢谷といふのは、自分の村を流れてゐる川といふ川の水源《みなもと》で、誰も知らぬ者の無い魔所であつて、何が棲《す》むでゐるのか、昔から其《それ》を知ツてゐる者が無いが、たゞ魔の者がゐると謂《い》つて夜《よる》になると誰も來ない事になつてゐた。固《もと》より其の邊に家と謂つては無い、谷も行窮つてゐて、其の谷の凹に少しばかりの山畑があるばかり、夜は何處を見ても松林と杉林ばかりである。自分の村から二里もあるのだから、
「私は何《ど》うして、此樣《こんな》な處へ來たのだらう。」
と不思議でならない。それよりはまだ、此樣な處で、白髮の老人に逢つたのが、更に不思議でならない。雖然《けれども》何んと
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