日が暮れて、新樹の木立《こだち》の上に、宵の明星が鮮《あざやか》な光で煌《きらめ》き出すのを合圖で、彼方《あつち》でも、此方《こつち》でも盛に、
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螢|來《こ》い山吹來い、
彼方《あつち》の水は苦《にが》いな、
此方《こつち》の水は甘《あま》いな、
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といふ呼聲《よびごゑ》が闇の中から、賑《にぎやか》に、併し何となく物靜に聞《きこ》える。
丁度自分が、お祖父樣《ぢいさま》や父樣《とうさま》や母樣《かあさま》や姉樣《ねえさま》と一所《いつしよ》に、夕餐《ゆうげ》の團欒《まどゐ》の最中《さなか》に、此の聲が起るのだから耐《たま》らない。自分は急いで夕餐《ゆうげ》を濟《す》まして、箸《はし》を投出すと直に、螢籠をぶらさげ[#「ぶらさげ」に傍点]て、ぷいと家《うち》を飛出すのであツた。空が瑠璃のやうに奇麗に晴渡《はれわた》ツて、星が降るやうに煌《きらめ》いている晩に、螢を追駈廻してゐるのは、何樣《どん》なに愉快な事であツたらう。一體螢といふ蟲は、露を吸《す》ツて生きて居るやうな蟲だから、性質が温順《すなほ》で捕《つかま》へ易い。のんき[#「のんき
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