虚弱
三島霜川
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)友《とも》と
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)庭|柘榴《ざくろ》の花に
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「のた」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)紅々《あか/\》と
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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友《とも》と二人《ふたり》でブラリと家《いへ》を出《で》た。固《もと》より何處《どこ》へ行《ゆ》かうといふ、的《あて》もないのだが、話《はなし》にも厭《あ》きが來《き》たので、所在なさに散歩《さんぽ》と出掛《でか》けたのであツた。
入梅《つゆ》になッてからは毎日《まいにち》の雨降《あめふり》、其《それ》が辛《やつ》と昨日《きのふ》霽《あが》ツて、庭|柘榴《ざくろ》の花に今朝《けさ》は珍《めづ》らしく旭《あさひ》が紅々《あか/\》と映《さ》したと思《おも》ツたも束《つか》の間《ま》、午後《ごゝ》になると、また灰色《はいいろ》の雲《くも》が空《そら》一面《いちめん》に擴《ひろ》がり、空氣《くうき》は妙《めう》に濕氣《しつけ》を含《ふく》んで來《き》た。而《そし》て頭《あたま》が重《おも》い。
「厭《いや》な天氣《てんき》だね。」
「こんな日《ひ》は何《ど》うも氣《き》が沈《しづ》んで可《い》けないものだ。」
味《あぢ》も素氣《そつけ》もないことを云《い》ツて、二人は又《また》黙《だま》ツて歩《ほ》を續《つづ》ける。
道路《どうろ》の左側《さそく》に工場《こうば》が立《た》ツてゐる處《ところ》に來《き》た。二十|間《けん》にも餘《あま》る巨大《きよだい》な建物《たてもの》は、見《み》るから毒々《どく/\》しい栗色《くりいろ》のペンキで塗《ぬ》られ、窓《まど》は岩|疊《たたみ》な鐵格子《てつがうし》、其《それ》でも尚《ま》だ氣《き》が濟《す》まぬと見《み》えて、其《そ》の内側《うちがは》には細《ほそ》い、此《これ》も鐵製《てつせい》の網《あみ》が張詰《はりつ》めてある。何《なに》を製造《せいぞう》するのか、間断《かんだん》なし軋《きし》むでゐる車輪《しやりん》の響《ひびき》は、戸外《こぐわい》に立つ人《ひと》の耳《みみ》を聾《ろう》せんばかりだ。工場《こうば》の天井《てんじよう》を八重《やえ》に渡《わた》した調革《てうかく》は、網《あみ》の目《め》を透《とお》してのた[#「のた」に傍点]打《う》つ大蛇の腹《はら》のやうに見えた。
[#ここから1字下げ]
「恨《うら》ましやすんな、諦《あきら》めなされ、
日《ひ》の眼《め》拜《おが》まぬ牢屋《ろうや》の中《なか》で、
手錠《てじやう》、足械《あしかせ》悲《かな》しいけれど、
長《なが》い命《いのち》ぢやもうあるまいに
何《ど》うせ自暴《やけ》だよ……」
[#ここで字下げ終わり]
皺嗄《しやが》れた殆《ほとん》ど聴取《きゝと》れない程《ほど》の聲《こゑ》で、恁《か》う唄《うた》ふのが何處《どこ》ともなく聽《きこ》えた。私《わたし》は思《おも》はず少《すこ》し歩《あゆみ》を緩《ゆる》くして耳《みゝ》を傾《かたむ》けた。
機械《きかい》の轟《とどろき》、勞働者《ろうどうしや》の鼻唄《はなうた》、工場《こうば》の前《まへ》を通行《つうかう》する度《たび》に、何時《いつ》も耳にする響と聲だ。決《けつ》して驚《おどろ》くこともなければ、不思議《ふしぎ》とするにも足《た》らぬ。併《しか》し何《ど》ういふものか此時《このとき》ばかり、私《わたし》の心《こころ》は妙《めう》に其方《そつち》に引付《ひきつ》けられた。資本主《しほんぬし》と機械《きかい》と勞働《らうどう》とに壓迫《あつぱく》されながらも、社會《しやくわい》の泥土《でいど》と暗黒《あんこく》との底《そこ》の底に、僅《わづか》に其の儚《はかな》い生存《せいぞん》を保《たも》ツてゐるといふ表象《シンボル》でゞもあるやうな此《こ》の唄《うた》には、何《な》んだか深遠《しんえん》な人生《じんせい》の意味《ゐみ》が含《ふく》まれてゐるやうな氣がしてならなかツた。
けれども勞働者の唄は再《ふたゝ》び聽《きこ》えなかツた。只《たゞ》軋《きしめ》く車輪《しやりん》と鐵槌《てつつゐ》の響とがごツちやになツて聞《きこ》えるばかりだ。若《も》しや哀《あは》れな勞働者は其の唄の終《をは》らぬ中《うち》、惡魔《あくま》のやうな機械の運轉《うんてん》の渦中《くわちう》に身躰《からだ》を卷込《まきこ》まれて、唄の文句《もんく》の其の通《とほ》り、長《なが》くもない生涯《しようがい》の終《をはり》を告《つ》げたのではあるまいか。と、私《わたし》はこんな馬鹿氣《ばかげ
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