》たことまで空想《くうさう》して見た。
「何んだか悲《かな》しい唄ぢやないか。」といふと、
「然《さ》うだね。僕《ぼく》は何んだか胸苦《むなぐる》しくなツて來《き》たよ。」と儚ないやうな顏《かほ》をしていふ。
「何うして急《きふ》に舍《よ》して了《しま》ツたのだらう。」
「然うさね。」
其《それ》は永遠《えいえん》に解《と》けない宇宙《うちう》の謎《なぞ》でもあるかのやう。友と私とは首《くび》を垂《た》れて工場の前を通過《とほりす》ぎた。
「君《きみ》、此《こ》の頃《ごろ》躰《からだ》は何うかね。」と暫《しばら》くして私はまた友に訊《たづ》ねた。私|達《たち》は會《あ》ふと必《かなら》ず孰《どツ》ちか先《さき》に此《こ》の事を訊《き》く。一《ひと》つは二人|共《とも》躰に惡《わる》い病《やまい》を有《も》ツてゐるからでもあらうが、一つはまた面白《おもしろ》くない家内《かない》の事情《じゞやう》が益々《ます/\》其《そ》の念《おもひ》を助長《ぢよてう》せしむるやうになツてゐるので、自然《しぜん》陰欝《ゐんうつ》な、晴々《はれ/″\》しない、稍《や》もすれば病的《びやうてき》なことのみを考《かんが》へたり言《い》ツたりするのであらう。
「躰?」と友は些《ちよ》ツと私の方《はう》を見て、「躰は無論《むろん》惡《わる》いさ。加此《それに》此《こ》の天氣《てんき》ぢやね。」
「矢張《やつぱり》惡いのか。そりや可《い》かんね。何ういふ風《ふう》に?……矢張|何時《いつ》ものやうに。」
「然う。まア、然うなんだらう、頭《あたま》が變《へん》にフラ/\するし、其に胸《むね》が何うも。」
「痛《いた》むのか。」
「あゝ。」
「そりや困《こま》るな。」
頭の所爲《せい》か天氣《てんき》の加減《かげん》か、何時もは随分《ずゐぶん》よく語《かた》る二人も、今日《けふ》は些ツとも話《はなし》が跳《はづ》まぬ。
「躰も無論惡いが」と暫らくして友は思出《おもひだ》したやうに、「それよりか、精神上《せいしんじよう》の打撃《だげき》はもツと/\胸に徹《こた》へるね。」
「……………」
「あゝ、僕あもう絶望《ぜつぼう》だよ!」投出《なげだ》すやうな調子《てうし》で友は云ツた。私の胸は鉛《なまり》のやうに重《おも》くなツた。
「曩《さき》の勞働者の唄ね、君《きみ》は何う思《おも》ふか知《し》らないけれど、あれを聽いてゐて、僕は身《み》につまされて何んだか泣《な》きたくなるやうな氣がしたよ。」
「然うかい、君も然うなのかい、」と私は引取ツて、「工場の前も幾度《いくたび》通《とほ》ツたか知れないが、今日|程《ほど》悲しいと感《かん》じたことは是《これ》まで一度《いちど》もなかツた。其にしても君、僕等《ぼくら》の一生《いつしよ》も好《よ》く考《かんが》へて見れば、あの勞働者なんかと餘り違《ちが》やしないな。」
「然うさ、五十|歩《ぽ》百歩《ひやくぽ》さ」と、友は感慨《かんがい》に耐《た》へないといふ風《ふう》で、「[#「「」は底本では欠落]少許《すこし》字《じ》が讀《よ》めて、少許|知識《ちしき》が多《おほ》いといふばかり、大躰《だいたい》に於《おい》て餘り大《たい》した變りはありやしない。口《くち》では意志《ゐし》の自由《じゆう》だとか、個人《こじん》の權威《けんゐ》だとか立派《りつぱ》なことは云ツてゐるものゝ、生活《せいくわつ》の爲《た》めには心《こゝろ》にもない業務《ぎやうむ》を取ツたり、下《さ》げなくても可い頭も下げなければならない。勞働者勞働者と一口に賤《いやし》んだツて、我々《われ/\》も其の勞働者と些ツとも違やしないぢやないか。下らぬ理屈《りくつ》を並《なら》べるだけ却《かえ》ツて惡いかも知れない。」
藝術《げいじゆつ》の價値《かち》だの、理想《りさう》の永遠《えいえん》だのといふことを、毎《いつ》も口癖《くちぐせ》のやうにしてゐる友としては、今日の云ふことは何《なん》だか少《すこ》し可笑《おか》しい……と私は思ツた。
「けれども……、」と友は少《すこ》し考《かんが》へて、「僕等は迚《とて》も勞働者を以《もつ》て滿足《まんぞく》することは出來《でき》ない。よし僕等の生涯《しようがい》は、勞働者と比較《ひかく》して何等《なんら》の相違《さうゐ》がないとしても、僕等は常《つね》に勞働者的生涯から脱《だつ》して、もう少し意味ある、もう少し價値あるライフに入《い》りたいと希望《きぼう》してゐる。生れて人間《にんげん》の價値をも知らず、宇宙の意味をも考へないで、一生を衣食《いしよく》の爲《ため》に營々《えい/\》[#ルビの「えい/\」は底本では「/\」]として浪費《らうひ》して了ツたら、其は随分|辛《つら》いだらうが、高《たか》が些々《さゝ》たる肉躰上《にくたいじ
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