めたまゝ手《て》にしてゐる故《せい》か、稍《やゝ》小さい色白《いろじろ》の顏は、ドンヨリした日光《ひざし》の下に、まるで浮出《うきだ》したやうに際立《きわだ》ってハツキリしてゐる。頭はアツサリした束髪《そくはつ》に白《しろ》いリボンの淡白《たんぱく》な好《このみ》。娘《むすめ》は歩《あゆ》みながら私の顏を凝《ぢつ》と見入ツた。あゝ其の意味深い眼色《めいろ》!私は何んと云ツて其を形容《けいやう》することが出來やう。媚《こび》るやうな、嬲《なぶ》るやうな、そして何《なに》かに憧《あこが》れてゐるやうな其の眼……私は少女《せうぢよ》の其の眼容《まなざし》に壓付《おしつ》けられて、我にもなく下を向いて了つた。其の間《うち》に娘は艶《なまめ》かしい衣《きぬ》の香《か》を立《た》てながら、靜《しづか》に私の側《はた》を通ツて行ツた。
「フアゾムレス アイズ!」
私は幾度となく此の言葉《ことば》を心の中《なか》で繰返《くりかへ》して見た。
少女の眼は滅《め》入り込《こ》んだ私の胸を輕《かろ》くさせた。今までの悲哀《ひあい》や苦痛は固《もと》より其によツて少しも減《げん》ぜられたといふ譯《わけ》ではないが、蔽重《おつかさ》なツた雲《くも》の間《あひだ》から突然《とつぜん》日の光《ひかり》が映《さ》したやうに、前途《ぜんと》に一抹《いちまつ》の光明《くわうめう》が認《みと》められたやうに感じて、是《これ》からの自分の生活というものが、何《なん》だか生効《いきがひ》のあるやうに思はれた。若《わか》き血潮《ちしほ》の漲《みな》ぎりに、私は微醺《びくん》でも帶《お》びた時のやうにノンビリ[#「ノンビリ」は底本では「ノンドリ」]した心地《こゝち》になツた。友はそんなことは氣が付《つ》かぬといふ風《ふう》。丁度《てうど》墓門《ぼもん》にでも急《いそ》ぐ人のやうな足取《あしどり》で、トボ/\と其の淋しい歩《あゆみ》を續《つゞ》けて行ツた。
底本:「三島霜川選集(中巻)」三島霜川選集刊行会
1979(昭和54)年11月20日発行
初出:「新声」
1908(明治41)年2月1日号
※新字と旧字の混在は、底本通りとしてました。
入力:小林 徹
校正:松永正敏
2003年12月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.
前へ
次へ
全8ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング