《ストーブ》の方へ歩寄りながら、「近頃は例の、貴方の血の糧《かて》だとか有仰《おツしや》つた林檎《りんご》を喫《あが》らんやうですな。」
「いや、近頃何時も購《か》ふ林檎賣が出て居らんから、それで中止さ。」
「だが、林檎は方々の店で賣ツてゐるぢやありませんか。」と皮肉にいふ。
「そりや賣ツとるがね。」と風早學士は、淋しげに微笑して、
「ま、喰はんでも可いから……加之《それに》立停ツて何か購ふといふのが、夫《そ》の鳥渡面倒なものだからね。」
と無口な學士にしては、滅多と無い叮嚀な説明をして、ガチヤン、肉叉《フオーク》と刀《ナイフ》を皿の上に投出し、カナキンの手巾《ハンケチ》で慌《あわただ》しく口の周《まはり》を拭くのであツた。
「然うですか、甚だ簡單な理由なんで。」と若い職員は擽《こそぐ》るやうにいふ。
「然うさ、都《すべ》て人間といふものは然うしたものさ。眞《ほ》ンの小《ちい》ツぽけな理由からして素敵と大きな事件を惹起《ひきおこ》すね。例へば堂々たる帝國の議會ですら、僅か二三千萬の金の問題で、大きな子供が大勢《おほぜい》でワイ/\大騷を行《や》るぢやないか。」
と細い聲で、靜に、冷
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