蒼味がかツて、唇の色も褪《さ》めてはゐるが、美しい顏は淋しく眠ツてゐるかと思はれるやうだ。齒が少し露《あら》はれてゐるのが、妙に他《ひと》の心を刺すけれども、それとても悲哀や苦難の表徴ではない。兩足をも眞ツ直に、ずツと伸し、片手は半ば握ツて乳の上に片手は開いて下に落してゐた。※[#「人」偏に「尚」、第3水準1−14−30、232−上段21]《もし》も、ふいと此の屍體を見たならば、誰にしたツて、穩《おだやか》に、安《やすらか》に眠ツてゐるものとしか思はれぬ。
室内は、寂然《ひつそり》靜返ツてゐた。
風早學士は、此の屍體の顏を一目見ると直に、顏色を變へて、眼を※[#目偏に「爭」、第3水準1−88−85、232−上段26]《みは》り息を凝《こ》らし、口も利かなければ身動もせぬ。そして片手の指頭を屍體の腹部に置いたまゝ、宛然《さながら》に化石でもしたやうに突ツ立ツてゐた。此《か》くして幾分間。風は絶えず吹き込むで、硝子戸は恰《まる》で痙攣《けいれん》でも起したやうに、ガタ/\、ガタ/\鳴る……學士の手先は顫《をのゝ》き出した。軈《やが》て風早學士は、ぷいと解剖臺を離れて、たじ/\と後退《あ
前へ
次へ
全43ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング