来上がるまで、上って休んでいなよ」
 もうこの時、鮮かな支那服の短刀で動脈を切り開かれた濡板の犬は、まるで洗濯物のように胴なかを揉みしぼられていた。赤い生血[#「赤い生血」に「×」の傍記]が、小気味よく切口から溢れ奔って、それが濡板を染めて、五寸四方位の大きさに掘り抜かれた穴に流れ込んでいた。馴れ切ったものだ!
「どうだ。小気味よく流れ出すじゃねえか。赤い生血[#「赤い生血」に「×」の傍記]は気味のいいもんだな」
 支那服が、うっとりした眼で、血のついた手を毛だらけにしながら、犬の胴を揉み抜いた。
「うむ。生血だぞ。その度胸で呑み干しちゃあ!」
 血がすっかり絞り取られると、犬はぐったりと濡板の上に伸びて、毛並すらも青ばんでゆくように感ぜられた。白い眼をむいて、黒ずんだ昆布の裳《ひだ》を思わすようなギサついた口唇の横から、撲殺される刹那に、自分の歯で[#「歯で」に「×」の傍記]食いちぎったらしい血まみれの舌[#「血まみれの舌」に「×」の傍記]を、だらりと意気地なく吐き出していた。
 水で手と短刀を洗い清めると、垂れさがって来る袖をまくり上げて、支那服が短刀の鋭い刃さきをずぶりと犬の顎に
前へ 次へ
全31ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
里村 欣三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング