の虱を潰していた。
「何処から来た。兄イ!」
その男は無表情な口のきき方をした。
「ええ、奉天から……」
「歩いてか?」
「ええ……」
男は再び無感動な動作で、虱を潰し始めた。が、ふと、「その兄イも一昨日大連から歩いて来たんだ」と、言って頤をしゃくって見せた。「二日三晩まるで死屍《しぶと》みたいに寝通しなんだ」
そう云ってまた、彼は無感動な顔付をした。その男の肱の向うに、その通りの青年が寝汗をかいて腹這ったままで眠むり落ちていた。黒々と日焼けのした顔は蒼白いむくれが来ていた。もういい加減に叩き起さなければ!
若者はごろりと横になった。眼の凹《へこ》むのを覚えた。
「飯は食ったか?」また男が問いかけた。
「いいえ、昨日から……」若者は情けない表情をした。
「そうか。そこの新聞紙をめくって見ろよ。胡瓜と黒パンがあらあな」
若者は咽喉から手が出るほど、飛びつきたかったが、もじもじせずにはいられなかった。――もっと適切に言うならば、この男の親切な言葉に対して、何かこう精一杯な、感謝の心持の溢れた言葉だけででも報いたかったからだ。
「遠慮するな。困った時はお互だよ!」
彼は相変らず無
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