だった。
 また彼はどこかで、いつ習い覚えて来たのか知らないが、『ボルシェビキイ』だの『カリーニン』だの『ブハリン』だの、または『イリッチ・レエニン』だの、それから『ハラショ』に『スパシーバ』ぐらいの露西亜語を、支那語と一緒くたに使いまくって、得体の知れない気焔を、誰れかれの差別なく、強慾な主人をでも、生れ落ちた時から馬小舎の悪臭から抜け切ったことのないような馭者、また何処でどう一日一日を喰って行くのか、まるで見当のつかないような素足の露西亜人をよく掴まえては吹っかけて、『ボルシェビキーは|好き《ハラショ》』だの『帝政派は|嫌いだ《ネ・ハラショ》』だのと、まるで鶏の尻から臓腑をひき出すような手付で、無我夢中で興奮していた。
 露西亜人たちは、その野放図もない胴体で、ちょっとばかり力を入れれば、押し潰れそうな手製の貧弱なテーブルを股の中に抱き込んで、しかも雀の涙ほどのウォツカの杯《グラス》を見つめながら、この道化者の気狂いじみた興奮を猫脊に微笑んでいるのだった。そして彼にはそういう怪物みたいな露助が、一言の反対もなく彼の気焔に微笑んでいてくれることが、何よりも嬉しいと見えて、それだけでも
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