た。人知れず彼女は子持地蔵に願をかけていた。その時分は、まだ若く今のように皺苦茶な梅干婆ではなかった。
 彼女はある雪の晩に、貰い風呂から帰る途で、暗い地蔵堂の縁の下に子供の泣き声をきいて、これはテッキリ地蔵様の御利益《ごりやく》に違いないと思った。そこで提灯の明りと子供の声をたよりにのぞいてみると、すぐ足の下に蜘蛛《くも》の巣を被って、若い髪の乱れた女がねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]に子供を負《おぶ》って打伏していた。流石《さすが》におまき婆も顔色を変えて、
 ――これ、お女中よ、これお女中よ――
 と、我れにもなく声をはずませた。が、女はその声にふり起きもしなかった。背中の子供が人の気配に、火のように泣き出した。おまき婆は堪まりかねて、子供のくるまったねんねこ[#「ねんねこ」に傍点]を擦ろうとして女の頸に触った。おまき婆はぞっと縮み上った! 女が氷のように冷たくなっていたからだ。
 背中の子は俺だった。どうして俺が助かったものか? 母親が凍死したのであるとすれば、俺も一緒に死んでいなければならない筈だが…………
 俺はお牧を母として育った。お牧の亭主は幸四郎という百姓だった。
 
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