と亡命の露西亜人に出喰わすだけのことだ。言葉ができない俺には宿屋は勿論、ろくすっぽ一椀の飯にもありつけないことは解っている。俺は今朝、ここの停車場に吐き出されたばかりなのだ。的《あて》もないのに盲滅法に歩きとばして脚の疲れた儘に、とある倉庫の空地をみつけて、つい小半日もへタバッテいる間に偶然この女を見付けた訳だ。
 ――無鉄砲な男よ――
 ふとこんな気がした。言葉も解らない、そして何の的のある訳でもないのに、何故こういう土地に乱暴に飛び出して来たかと思った。が俺にも無論その理由が解らなかった。
 ――ただ気の向くままに――
 おおそうだ。気の向くままに放浪さえしていれば、俺には希望があった、光明があった。放浪をやめて、一つ土地に一つ仕事にものの半年も辛抱することが出来ないのが、俺の性分であった。人にコキ使われて、自己の魂を売ることが俺には南京虫のように厭だった。人の顔色をみ、人の気持を考えて、しかも心にもない媚を売って働かなければならないことは、俺にはどうしても辛抱のならないことだった。だが、しかし不幸なる事に人間は霞《かすみ》を喰って生きる術《すべ》がない。絶食したって三日と続かない
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