と、女は笑って手招きした。俺はかぶりを振って、澄ました顔をした。すると女は怒って、やさしい拳骨を鼻の頭に翳《かざ》して睨めつけた。
 青草を枕に寝転んでいた露西亜《ロシア》人が、俺の肩を肱《ひじ》で小突いて指で円い形をこしらえて、中指を動かしてみせた。そしてへ、へえ、へえと笑った。
 ――よし! ――
 と、俺は快活に、小半日もへタバッていた倉庫の空地から尻を払って起きあがった。そして灰のような埃を蹴たてて往来を横切った。俺の背中に、露人が草原から何か叫んで高く笑った。
 女は近づいてみると、思ったよりフケて、眉を刷《は》いた眼元に小皺がよっていた。白い指に、あくどい金指輪の色が長い流浪の淫売生活を物語っているような気がした。女は笑って俺を抱いた。ペンキの剥げた粗末な木造の家であった。
 ドアを押すと、三角なヴァイオリンに似た楽器を弾いて踊っていた女達が、俺の闖入《ちんにゅう》に驚いて踊をやめた。そしてばたばたと隅ッこの固い木椅子に腰を投げて、まじまじと俺を凝視《みつ》めた。
 ――朝鮮人《カウリー》か日本人《ヤポンスキー》か?――
 女達はリボンの女にこう訊ねたに違いないが、女は何も
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