なものをいうのである。普遍性と必然性、或いは普遍妥当性は真理の徴表である。
 ところで知るということは一つの心理的事実であるが、かようなものとして見ると、知識はつねに普遍性と必然性をもっているとはいわれないであろう。或る者が真理として主張するものも、他の者は承認しないことが多い。真理はしばしば万人に反対して叫ばれるのである。すべての人に承認される真理というものはむしろ存在しないのが普通である。個人としても、昨日まで真理と確信していたものに対して、今日は懐疑的になることがある。一つの知識も、或る人には一層多く必然的と思われ、他の人には一層少く必然的と思われるであろう。かように、心理的事実としては、知識はつねに普遍性と必然性をもっているとはいえない。そこで知識の普遍妥当性は、カントの言葉を借りていうと、事実の問題でなくて権利の問題であると考えられるのである。それは知識が事実として普遍性と必然性をもっているか否かに関わるのでなく、すべての知識は権利として普遍妥当性を要求することをいうのである。真理は、実際は何人も承認しないにしても、あらゆる人によって承認さるべき権利をもっている。真理のこの要
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