求は、事実いかんに拘らず、厳粛である。権利の問題は事実の問題でなくて当為の問題である。それはつねにそうあるという意味でなく、つねにそうあるべきであるという意味である。存在(ある)と当為(べし)とは区別されねばならぬ。価値は普遍的に妥当するものであるが、妥当するということは存在するということと全く違ったことでなければならない。そこに心理主義に反対する新カント派の論理主義の主張がある。心理主義は物を心理的事実の立場から見てゆくに反して、論理主義はそれを論理的意味の立場から見てゆこうとするのである。
いま右のように考えることによって明かにされたのは、形式的真理概念である。真理の形式的概念は普遍妥当性である。いわゆる論理主義は形式主義にほかならぬ。それは知識が形式的にはいかなるものであるべきかを明かにするにしても、実質的にはいかなるものであるかを明かにすることなく、却って知識の問題から存在の問題を駆逐することになるであろう。真理は普遍妥当性であり、これは当為或いは価値を意味し、価値は妥当するものであって存在するものでなく、妥当の領域と存在の領域とは全く別のものであり、知識が普遍妥当性をもつた
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