れはただ記述し或いは説明することに努め、価値判断はそれの外にある。それは感情的な主観的な評価を排して、物を飽くまでも知的に客観的に把握しようとする。科学は単に記述するのみで説明するものでないというのは、言い過ぎであるにしても、それは決して目的の言葉において説明するものではない。「何故に」ということが、もし物の意味ないし目的を問うことであるとすれば、科学は「何故に」ということに答えるものでなく、単に「いかに」ということを明かにするのである。科学の示す新しい事実、新しい観念、環境支配の新しい可能性をもって何を始めるかは、それを用いる人間の意欲に依存し、そしてこれは彼のもっている価値の尺度に依存する。行為の目的に対して科学は手段或いは道具を提供するに過ぎぬ。しかるに哲学はまさに価値とその秩序に関わっている。哲学の問題は価値の問題であるといわれるのである。しかしながら、科学も価値に無関心であるのではなかろう。それは何よりも真理に深く関心している。真理は価値であり、従って知識もそれ自身のうちに価値の問題を含んでいる。また価値の秩序をいかに考えるかということは、知識に依存するところが多いのである。
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