が特殊科学とか個別科学とかといわれるのもそのためである。しかるに哲学は全体の学である。それは存在を存在として全体的に考察するのである。しかしながら、科学もつねに全体を目差しているといわれるかも知れない。科学者も世界を包括的に統一的に説明しようとしている、彼等も世界についての全体的な観念、即ち世界像というものを与えようとしている。物理学者は物理的世界像を、生物学者は生物学的世界像を形作ろうとしている。生命現象は物理的に説明されず、更に心理現象は生物学的に説明されないとしても、それら物理的、生物学的、心理的現象を一定の関係において統一的に説明し得る科学的世界像を求むべく努力されている。従って哲学が全体の学であるということは、ヴントなどの考えたように、単に諸科学の綜合という意味であることができぬ。諸科学の綜合はむしろ科学自身の理念に属している。それ故に哲学が全体の学であるとすれば、存在の全体というものには科学の科学としての立場においては遂に捉えられないものがあることを意味するのでなければならぬ。そしてその点の認識が哲学にとって大切なのである。
第三に科学は価値の問題について中立的である。そ
前へ
次へ
全224ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング