単に内在的なものでなく、単に心理的なものではない。実用主義に欠けているのは歴史的見方である。実用主義は今日、行為を環境における行為として捉えることによって次第に歴史的見方に近づいてきたが、なお真に歴史の意味を把握しないで止まっている。
 しかしながら実用主義が知識を行為に関係付け、真理は発明されると考えたということには、正しいものがある。これまで、普通に、真理は既に存在するものとの一致と定義されている、しかるにジェームズは、それを未だ存在しないものとの関係において定義するのである。真理は、彼に依ると、既に存在する或るものを模写するのでなく、存在するであろうものを告知するのであり、将に存在せんとするものに対して我々の行為を準備するのである。哲学は真理が後方を見ることを欲するという自然的性向をもっている。しかるにジェームズにとっては真理は前方を見るのである。言い換えると、他の多くの説は真理をば、それを初めて定式化する人間の特定の行為に先立つ或るものと見ている。あたかもアメリカがコロンブスを待っていた如く、真理はそれを見出す人を待っていたかのように考えられている。真理は以前から存在するもので
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