。その場合思惟の機能は感覚の多様なものに対して、主として、比較すること、区別することである。特殊的な対象の間を往来する反省は抽象作用に導き、これによって特殊的な対象における類似の要素は他のすべての類似ならぬ要素の夾雑物から解き離されて純粋にそれだけとして抽出される。概念は感覚的実在に対して無関係なものでなく、この実在そのものの一つの部分をなしている。それは感覚的実在のうちに直接に含まれているものが抽出されたにほかならぬ。かようにしてこの概念構成によっては我々の自然的な世界像の統一は何処においても妨げられることなく、危くされることがない、その点に形式論理における概念構成の固有の長所があるといえるであろう。
 近代のいわゆる認識論が実体概念の批評をもって始まったということは特徴的である。ヒュームはそれを次の如く批評した。物というものを分析すると、種々の観念に分解されてしまう。そこには色の観念とか大いさの観念とか堅さの観念とかがある。それらの観念とは別に物というべきものはない。従ってヒュームに依ると、物とは観念の束に過ぎぬ。しかるになお物というものがあるかのように考えるのは、或る一定の観念が
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