附帯して存在するに過ぎぬ。性質とか量とかは実体があって初めてそれについて語られるのであって、実体は性質、量、状態、関係等よりも本性上より先なるもの、第一のものである。実体概念によって考えるというのは、このように第一次的な存在が何であるかを明かにすることであり、実体とこれに附帯するものという秩序において考えることである。かような考え方は我々の自然的な考え方、日常的な世界像に一致している。そして認識論上の模写説がまたかような自然的な考え方に一致しているのである。認識が模写であるというのは、どのようなものの模写でもが認識であるということでなく、物の実体的本質の模写が認識であるということでなければならぬ。例えばプラトンに依ると、真の知識はただ真の存在(彼のいうイデア)についてのみ成立し得るのであって、これに反し存在と非存在との混合である現象の世界については単に意見があり得るのみである。
 ギリシアにおいて形成されたいわゆる形式論理において、概念とはかような物の本質、実体を現わすものである。概念は我々の感覚に与えられた個々の特殊的なものから、それらに共通に属するものを取り出すことによって作られる
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