繰返し結合して経験されるところから、習慣によって我々はそこに物というものがあるかのように信じているのである。もしこのように物が観念結合の習慣に過ぎないとすれば、その知識は普遍性も必然性ももたないことになるであろう。実体は観念の結合であるにしても、その結合は普遍的で必然的なものでなければならぬ。しかるに経験論は観念結合の普遍妥当性を明かにすることができない。そこでカントは実体を一つの範疇、言い換えると思惟の先験的形式と考えたのである。物とは直観に与えられた多様なものが実体と属性という範疇によって構成されたものにほかならず、我々は物を構成することによって物を認識するのである。カントのいわゆる先験論理は経験構成の論理である。それは経験の対象を可能ならしめると共に対象の認識を可能ならしめる論理であった。
ところで既にいった如く、カントの構成主義の認識論は近代の自然科学的思惟に影響され、これに相応している。アリストテレスにおいては、実体が先のものであり、関係は性質、量、状態等と共に実体に附帯するものとして従属的な地位にある。関係は本来の本質概念に対して依存的なものにとどまっている。概念構成につ
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