に自己に対立するものを自己の否定の契機として自己に媒介し、これを自己のうちに生かすことによって、哲学は真に具体的な知識になり得るのである。哲学の仕事は、新カント派が考えたような意味での科学批判、即ち単に科学の論理的基礎を明かにするという形式的な仕事に尽きるのでなく、科学的世界像に媒介された世界観を樹てることを究極の目標としている。尤《もっと》も、科学の哲学への媒介は科学批判を通じて行われねばならぬであろう。批判というのは、その前提であるものを反省してそれに基礎をおくこと、いわゆる基礎付けであり、基底付けである。そして科学の基礎付けも基底としての世界からなされ得るのである。知識の問題を存在の問題から分離することはできぬ。学的であるべき哲学は論理的でなければならぬが、論理といっても、抽象的に形式的に考えられるものでなく、論理は現実の構造のうちにあるのである。最も具体的な現実は歴史的現実である。同じ歴史が繰返すと考えるとき、そこに自然があり、自然とはいわば習慣的になった歴史である。哲学の論理は根本において歴史的現実の論理でなければならぬ。哲学はどこまでも現実の中になければならず、その点において常識を否定する哲学は却って常識と同じ立場に立っている。哲学は科学の立場と常識の立場とを自己に媒介することによって学と生との統一である。
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第一章 知識の問題
一 真理
知識はいかにして成立し、いかなる性質のものかということは、哲学における一つの重要な問題である。この問題を研究する哲学の部分は認識論と呼ばれている。認識というのは知識というのと同じである。ただ認識論という名称は、他の多くの名称と同様、一定の歴史的含蓄をもっている。認識論は近世においてロックやヒュームに始まり、カントによって確立されたといわれ、現代の新カント派は、認識論と哲学とを同一視し、認識論のほかに哲学はないと主張した。しかしながら特定の立場を離れて考えると、知識の問題はギリシア哲学以来絶えず研究されてきたのである。この問題に関する哲学的考察はまた知識学とも知識哲学とも称せられている。更にそれは論理学の名のもとに論ぜられることがある、思惟の学としての論理学は実質的には認識論でなければならないと考えられるのである。認識論は「知識の起源、本性並びに限界」に関する研究と定義されている。
知識の問題の中心をなすのは真理の問題である。知識とは真なる知識のことであって、偽りの知識は知識ともいわれない。知識は真理であることを要求している。真理は知識の価値を意味し、これに対して虚偽は反価値である。真理と虚偽とは理論的領域における価値と反価値との対立を表わす言葉である。真理とはいかなるものであろうか。
知識は個人的なものでなくて一般に認められるものでなければならぬ。ただ自分はそう考えるというのでは単なる意見であって、知識ではない。自分にとってはそうであるが他の者にとってはそうでないというものは真理とはいい得ない。真理はあらゆる人によって承認さるべき要求を含んでいる。或る時にはそうであるが、他の時にはそうでなく、或る処ではそうであるが他の処ではそうでないというものも真理でなく、真理は時と処を超えて通用するものでなければならぬ。知識はかような性質をもつべきものであって、普遍妥当性といわれるのがそれである。真理とは普遍妥当的な知識にほかならない。普遍妥当性とは、時と処に拘わらない普遍性、またすべての人が必ず承認しなければならぬ必然性を意味している。一般に価値とはかように普遍妥当的なものをいうのである。普遍性と必然性、或いは普遍妥当性は真理の徴表である。
ところで知るということは一つの心理的事実であるが、かようなものとして見ると、知識はつねに普遍性と必然性をもっているとはいわれないであろう。或る者が真理として主張するものも、他の者は承認しないことが多い。真理はしばしば万人に反対して叫ばれるのである。すべての人に承認される真理というものはむしろ存在しないのが普通である。個人としても、昨日まで真理と確信していたものに対して、今日は懐疑的になることがある。一つの知識も、或る人には一層多く必然的と思われ、他の人には一層少く必然的と思われるであろう。かように、心理的事実としては、知識はつねに普遍性と必然性をもっているとはいえない。そこで知識の普遍妥当性は、カントの言葉を借りていうと、事実の問題でなくて権利の問題であると考えられるのである。それは知識が事実として普遍性と必然性をもっているか否かに関わるのでなく、すべての知識は権利として普遍妥当性を要求することをいうのである。真理は、実際は何人も承認しないにしても、あらゆる人によって承認さるべき権利をもっている。真理のこの要
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