求は、事実いかんに拘らず、厳粛である。権利の問題は事実の問題でなくて当為の問題である。それはつねにそうあるという意味でなく、つねにそうあるべきであるという意味である。存在(ある)と当為(べし)とは区別されねばならぬ。価値は普遍的に妥当するものであるが、妥当するということは存在するということと全く違ったことでなければならない。そこに心理主義に反対する新カント派の論理主義の主張がある。心理主義は物を心理的事実の立場から見てゆくに反して、論理主義はそれを論理的意味の立場から見てゆこうとするのである。
いま右のように考えることによって明かにされたのは、形式的真理概念である。真理の形式的概念は普遍妥当性である。いわゆる論理主義は形式主義にほかならぬ。それは知識が形式的にはいかなるものであるべきかを明かにするにしても、実質的にはいかなるものであるかを明かにすることなく、却って知識の問題から存在の問題を駆逐することになるであろう。真理は普遍妥当性であり、これは当為或いは価値を意味し、価値は妥当するものであって存在するものでなく、妥当の領域と存在の領域とは全く別のものであり、知識が普遍妥当性をもつためには、判断において承認もしくは否認される認識の対象は、存在でなくて価値でなければならぬと主張された。しかしながら真理の意味を実質的に規定しようとするとき、存在の概念は欠くことができないであろう。知識は存在に関係付けられたものとして知識である、何等かの存在との関係を含まないような知識はない。そこで伝統的な定義は真理を、物と観念との一致と規定している。カントもこれを認めなかったのでなく、彼もまた、真理は「認識とその対象との一致」であるといっている。認識とその対象或いは存在との一致が認識の客観性或いは対象性を形作る。しかるに他方から考えると、知識が客観的なものでなければならぬということは、それが主観的個人的なものでなく、普遍的必然的なものでなければならぬことを意味している。かようにして、知識の客観性或いは対象性は二重の意味に解されることができる。即ちそれは、一方知識の普遍妥当性を意味すると共に、他方知識が客観或いは存在に関係付けられていることを意味している。そこでもし後の意味を離れて前の意味をのみ強調すれば、形式的な論理主義における如く、存在の概念から抽象して真理の概念を規定することも可能であろう。しかしながら知識の客観性はむしろ言葉通りに知識が客観或いは存在に関係付けられていることと理解されねばならぬ。存在との関係を含まないような知識はあり得ない。知識の客観性は、カントのいった如く、「客観的実在性」のことでなければならぬ、従ってそれは存在に関係付けられているということでなければならぬ。知識が主観的でなく普遍妥当的であるということも、それが客観に関係付けられることによって可能になるであろう。
しかるに客観に関係付けられることによって、知識に客観性或いは普遍妥当性が与えられるためには、客観が超越的なもの、言い換えると、主観から独立なものであることが必要である。対象の超越なしには知識の普遍妥当性はない。このように考えてゆくと、真理の基準は対象にあることになり、進んでは、真理と称すべきものは第一次的には我々の観念でなく存在であり、この存在に関係付けられることによって、我々の観念はむしろ第二次的に真理といわれると考えられるであろう。真理は知識に属するよりも先ず存在に属している。知識が真理であるのも、存在の真理に関係付けられることに依ってである。実際、人々は普通に、真理のもとに知識の真理よりも物の真理を理解している。「真理を知らねばならぬ」というとき、真理とはあるがままの存在、物の自己自身においてある存在を指している。真理とは存在の在り方、それがそのものとして顕わであるという在り方を意味するのである。真理を単に知識に属する性質と考えることは問題の正しい把握を妨げ易いであろう。スコラ哲学者は、物の真理或いは存在における真理と、知性の真理或いは知識における真理とを、区別した。真理を存在の真理というように考えることは、超越的真理概念である。知識における真理は仮に内在的に考えられ得るとしても、存在における真理は超越的に考えられるのほかない。一層正確にいうと、存在は客観として超越的であることによってそのものとして顕わであること即ち真理であることが可能である。かように超越的なものに関係付けられることによって知識の真理も可能になる。真理の問題は超越の問題であり、それは先ず客観或いは対象の超越に関わっている。
真理についての自然的な見方は模写説と呼ばれている。模写説は、観念と存在との一致が真理であると考える。尤《もっと》も人々の自然的な見方は、真理を必ずしも先ず知識につい
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