ロックフェラー基金によってイタリアへ行っていたことがある。レーヴィット氏と同じ家に住んでいた青年マルセール君というのがあった。どこで覚えてきたのか、碁を知っていて、私にたびたび相手を命じた。よい若者であった。マルセール君もやはり今はニューヨークにいるそうである。今日の国際情勢を眺めて、私はよくこの二人の運命について考えさせられるのである。
 ハイデッゲル教授は、その講義の時にも、その演習の時間においても、哲学の古典的著作を抱えて来て、そのテキストのある部分を解釈するというのがつねであった。それにデカルトがあり、カントがあり、アウグスティヌスやトマスなどがあった。私の聴いた講義の中では特にデカルトの『省察録』がよく取扱われた。そのために私もこの本を精読することができた。アウグスティヌスの面白さは西田先生からきかされていたが、ハイデッゲル教授の講義によって興味をそそられ、私もその哲学的論文をラテン語の辞書を頼りに読んでいた。それを知って、下宿していた家の主人が私のためにアウグスティヌスの『告白録』を一緒に読んでくれた。私は牧師の家に下宿していたのである。ティンメという人で、二、三の著書もあ
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