り、ルーマニアあたりまで講習に出掛けるということであった。どういうものか私は宗教に縁があって、ハイデルベルクでは石原謙氏の後を継いで、レンメという老教授の家に下宿していた。アウグスティヌスを少し深く勉強してみたいと思って、その頃パリに移っていられた小尾範治氏に頼んで、ミーニュ版の中の『三位一体論』などを送ってもらったこともある。考えてみると、マールブルクにいた間は、意識してやったことではないが、これまで私の最も多くキリスト教的著作を繙いた時であった。ティンメ一家はハイレル一家と親しく、しぜんハイレル教授の話の出るのを聞くことが多く、私もすでに京都にいた時波多野先生から教授の著書について教えられていたので、教授の『カトリチスムス』とか『祈祷』とかを読んでみた。ハイデッゲル[#「ハイデッゲル」は底本では「ハイデッケル」]教授の時間に、学生にまじっていつも講義を聴いている脚の悪い一人の紳士があった。「あれがブルトマンだ」と学生の一人が私に教えてくれた。ブルトマン教授は思想的には弁証法的神学とつながりをもっているが、ハイデッゲルの哲学にはまたこのものに通ずるところがある。びっこをひきながら教室
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