書けという課題が与えられたが、私はその中に出てくるワグネルという人物について論じた。それがよく出来ていたというので賞められ、そんなことから三並先生には特別に親しくしていただくようになったというようなこともあった。特に影響されたものというと、ニーチェの『ツァラツストラ』であったであろうか。後に単行本になった阿部次郎氏の『ツァラツストラ解釈』も『思潮』に出ていたころ熱心に読んだものの一つである。古典という観念に影響された私の読書の範囲も量も、その頃の私の貧弱な読書力からいって、勢い局限されざるを得なかった。日本の文学では、その頃から次第に読書階級の間に動かしがたい地位を占めてきた漱石のものを比較的多く読んだように思う。これも当時の教養思想の有力な主張者たちの多くがまた漱石門下であったということにしぜん影響されたのであろう。ともかく高等学校時代、私は決して多読家ないし博読家でなかった。その時分私どもの仲間で読書家として知られていたのは蝋山政道君であった。何でも蝋山君は、大隈重信が会長であった大日本文明協会というので出していた西洋の学術書の翻訳を全部読んでいるというような噂であった。今でも蝋山
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