る。学問というものを離れて人間として考えても、先生は当代稀に見る人物である。今日の日本において、各界を通じて、豪い人物と感心するのは西田先生と幸田露伴先生とである、と或る友人が私にいったことがある。
 私の学生時代、先生はいつも和服で靴を履いて大学へ来られたが、その様子はまるで田舎の村長さんか校長さんかのようであった。その先生が教室ではマイノングの対象論とかフッサールの現象学とか、その頃の日本ではあまり知られていなかった西洋の新しい哲学について講義されるのである。そのように先生には極めて田舎者であると共に極めて新しいところがあった。マックス・ヴントは、ソクラテスはアッチカの農民の伝統的精神を代表したといっている。そのソクラテスにはまた当時外国からアテナイに入って新しい学問として流行したソフィストに似たものがあった。西田先生の哲学は日本においてソクラテスのような地位に立っていると見ることもできるであろう。ソクラテスは単に伝統的精神に止まったのでなく、また単なるソフィストでもなかった。彼はギリシアの古典的哲学の出発点となったような全く新しい独自の哲学を述べたのである。西田先生は東洋思想と西
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