すると共に、先生のものに怯《お》じない不敵な魂を感じた。他の書物など、全く眼中にないようである。それでいて先生はまた実によく書物を読んでいられる。お宅に伺うとよく読みかけの本が机の上に置いてあって傍の紙片にその中の一二の重要な句が抜き書きされていたり、或いはそれを読みながら先生が思い附かれたことなどが書き附けられている。先生のメモはいつもドイツ語で書かれていたようである。
書物に対すると同様、先生の人物評もなかなか鋭い。それも一言でずばりとその本質を云い当てる確かさは、恐ろしいほどである。他の人など、まるで問題でないといった風である。そのような不敵なところ、烈しいところがある。一面、先生にはまた実にやさしいところ、涙もろいところがある。或る日、演習の時間に一人の学生が自分の当る番であるのに予習をしてきていなかった。先生は怒って「お前のような者は学校をやめてしまえ」と突然大きな声で云われた。ところが先生の眼を見ると、心なしか潤んでいた。私は先生の烈しい魂に接すると共に、先生の心の温かさを知って、目頭が熱くなるのを覚えた。先生はその不敵さ、その烈しさを内面に集中することに努められている。
前へ
次へ
全21ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三木 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング