身を維持する力を有するならば、なおさら私はまた私に欠けているところの完全性を私に与える力を有するであろう(公理八及び九によって)。なぜならこれらの完全性は単に実体の属性であり、私はしかるに実体であるから。しかしながら私はこれらの完全性を私に与える力を有しないのである、なぜなら、さもなければ私は既にそれらを有しているであろうから(公理七によって)。ゆえに私は私自身を維持する力を有しない。
 次に、私は、私が存在する間は、もし実に私がその力を有するならば、私自身によって、あるいはその力を有する他のものによって、維持せられるのでなければ、存在することができぬ(公理一及び二によつて)。ところで私は存在するが、しかもまさにいま証明せられたように、私自身を維持する力を有しない。ゆえに私は他のものによって椎持せられる。
 なおまた、私を維持するものは自己のうちに、私のうちにある一切を形相的に、あるいは優越的に、有する(公理四によって)。しかるに私のうちには私に欠けているところの多くの完全性の知覚と同時に神の観念の知覚が存する(定義二及び八によって)。ゆえにまた私を維持するもののうちにも同じ完全性の知
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