な明察に達することは容易でないゆえに、我々は同じことを他の仕方で追求することを試みよう。


       定理二

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神の存在は単にその観念が我々のうちにあるということから、ア・ポステリオリに証明せられる。
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     証明

 我々の観念のいかなるものの客観的実在性も、この同じ実在性をば単に客観的にではなく、形相的に、あるいは優越的に、含むところの原因を必要とする(公理五によって)。しかるに我々は神の観念を有する(定義二及び八によって)、そしてこの観念の客観的実在性は形相的にも優越的にも我々のうちに含まれない(公理六によって)、またそれは神そのもののうちにのほか他のいかなるもののうちにも含まれることができない(定義八によって)。ゆえに我々のうちにあるところのこの神の観念は、神を原因として必要とする、従って神は存在する(公理三によって)。


       定理三

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神の存在はまたその観念を有するところの我々自身が存在するということからも証明せられる。
[#ここで字下げ終わり]

     証明

 もし私が私自
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