覚が存する。
 最後に、この同じものは、自己に欠けているところの完全性の、すなわち自己のうちに形相的にあるいは優越的に有しないところの完全性の、知覚を有し得ない(公理七によって)。なぜなら、既に言われたごとく、このものは私を維持する力を有するからして、なおさらかかる完全性を、もし欠けているならば、自分に与える力を有するであろうから(公理八及び九によって)。しかるにこのものは、いましがた証明せられたように、私に欠けていてただ神のうちに存し得ると私が考えるところのすべての完全性の知覚を有する。ゆえにこのものはそれらの完全性を形相的にあるいは優越的に自己のうちに有し、かくして神である。


       系

[#ここから2字下げ]
神は天と地と及びそのうちに存する一切を創造した。なおまた神は我々が明晰に知覚するあらゆるものを我々がこれを知覚する通りになし得る。
[#ここで字下げ終わり]

     証明

 このすべては前の定理から明晰に帰結する。すなわちこの定理において神の存在することが、我々のうちにその或る観念の有するすべての完全性が形相的にあるいは優越的にそのうちに存するところの或る
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