あろうか。しかしながら私はかくのごときものの何ものも明晰かつ判明に知覚したのではなく、かえって私はおそらく、真理のこの規則を知らなかったために、後になってそんなに堅固なものでないことを発見したところの他の原因によって信じたのである。しからば、ひとはなお何を言おうとするか。私はおそらく夢みているのだ(少し前に私が自分に反対して言ったように)、すなわち、私が今思惟するすべてのものは眠っているときに浮んでくるものより以上に真ではないのだ、とでも言うであろうか。否このこともまた何らことがらを変じない。なぜなら確かに、たとい私は夢みているにしても、もし何らかのものが私の悟性に明証的であるならば、このものはまったく真であるから。
そしてかようにして私は一切の知識の確実性と真理性とがもっぱら真なる神の認識に懸っていることを明かに見るのである、従って、私が神を知らなかった以前は、私は他のいかなるものについても何ものも完全に知ることができなかったであろう。しかるに今や私には、一方神そのもの及び他の悟性的なものについて、他方また純粋数学の対象であるところの一切の物体的本性について、無数のものが明かに知ら
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