神は有ると知覚した後には、――同時にまた私は余のすべてのものが神に懸っていること、また神は欺瞞者ではないことをも理解し、そしてそこから私の明晰にかつ判明に知覚するすべてのものは必然的に真であると論決したゆえに、――たとい私がどのようなわけでこのことは真であると判断したかの根拠に十分に注意しないにしても、ただ単に私がこのことを明晰かつ判明に洞見したことを想起するならば、私をして疑うようにさせるいかなる反対の根拠も持ち出され得ず、かえって私はこのことについて真にして確実なる知識を有するのである。否、単にこのことについてのみでなく、また私がかつて論証したと記憶するところの余のすべてのものについて、例えば幾何学に関すること及びこれに類するものについても、さうである。というのは、今やいかなる反対の根拠が私に対して持ち出されるであろうか。私がしばしば過つがごときものとして作られているということででもあろうか。しかし既に私は、私が分明に理解するものにおいては過ち得ないことを知っている。それとも私が後になって偽であるとわかったところの多くのものを他の時には真にして確実なるものと看做したということででも
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